東京地方裁判所 昭和38年(レ)316号 判決 1964年4月27日
控訴人 本橋孝作
被控訴人 阿部喜一
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し別紙目録<省略>第二記載の土地につき、東京法務局練馬出張所昭和三三年一二月二二日受付第三五九五九号の所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも本訴反訴を通じて被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の陳述はつぎのとおり。
第一、本訴について
控訴人の陳述
(請求原因)
一、控訴人は昭和三三年八月頃訴外株式会社練馬土地(以下訴外会社という)に対し、当時控訴人が所有権を有していた東京都練馬区上石神井二丁目一四四三番地、同一四四六番地、同一四四八番地、同一四四九番地の四筆の地目畑公簿上の面積合計五反八畝一三歩(実測一九〇〇坪七合八勺)の土地(以下この土地を本件売買契約の目的土地という)を売却する旨の契約を訴外会社と締結し、同時に控訴人は右売却土地が農地であつたので、これを宅地に転用するための都知事に対する許可手続を訴外会社に依頼し、また許可に先だつて訴外会社において控訴人の名で本件売買契約の目的土地を分筆、合筆登記をなすこと及び所有権移転登記については訴外会社が指定する者に中間省略登記をなすことを各承諾した。
二、右によつて、控訴人は訴外会社をして本件売買契約の目的土地を四回に分けて宅地転用のための所有権移転についての許可申請をなし、そのうち、四五〇坪の土地について昭和三三年一二月一八日許可があり、右許可のあつた土地のうち一反四畝八歩を昭和三三年一二月二二日一四四三番二畑一反四畝八歩として分筆し、その登記をなした後、同土地は同日地目変換並びに表示変更の登記がされて、一四四三番二、宅地四二八坪九合九勺となり、次いでこれが別紙目録第一、二記載の土地並びに一四四三番二宅地二四二坪六勺、同番三宅地三六坪八合一勺、同番六宅地五〇坪の五筆に分筆されその登記を経た。
三、その後、二、三回目になした宅地転用のための許可申請も許可があり、昭和三四年六月二一日控訴人と訴外会社間で先になした売買契約を確認し、なおその際売買代金等につきつぎのとおりの契約をした。
(1) 売買代金は第一回目に許可のあつた四五〇坪については坪当り八、〇〇〇円、第二、三回目に許可になつた約六〇〇坪については坪当り九、〇〇〇円、第四回目に許可のあるはずの土地約八五〇坪は坪当り九、五〇〇円として計算し売買代金合計を一七〇五万円とする。
(2) 右売買代金のうち三七〇万円を同日支払うこと。
(3) 残代金は昭和三四年八月三一日に支払うこと。
以上のことを約し、控訴人は同日訴外会社から右三七〇万円の支払をうけた。
四、しかるところ、その後訴外会社は昭和三五年七月三一日までに右三七〇万円の他に一八五万円支払い、結局売買代金は五五五万円の支払がなされたのみで、その余の支払はなされなかつた。
五、控訴人が支払をうけた右五五五万円は本件売買契約の目的土地一九〇〇坪七合八勺についての売買代金の一部として支払われたものであるから、これを面積によつて按分すると別紙目録第一、二記載の土地一〇〇坪七勺に相当する代金としては二五四、五〇九円が支払われたこととなるところ、同土地は坪当りの価格は契約によると八、〇〇〇円であるから、同土地の価格合計は八〇〇、五六〇円となり、これから右二五四、五〇九円を差引いた五四〇、六五一円が同土地に対する代金の未払金額となる。
六、そこで、控訴人は訴外会社に対し昭和三六年一月一九日到達の内容証明郵便で右五四〇、六五一円を同月二五日午前一〇時に東京法務局練馬出張所に控訴人は所有権移転登記に必要な書類を持参するから、同日同所に右金員を持参して支払うよう催告をなし、これと同時に金員の支払がない場合は本件売買契約のうち別紙目録第一、二記載の土地についての契約部分を解除する旨の意思表示をなした。
七、控訴人は右指定期日に登記に必要な書類を持参して右指定の場所に出頭したが、訴外会社は催告代金の支払をしなかつた。
したがつて、本件売買契約のうち別紙目録第一、二記載の土地に関する契約部分は解除になり、同土地の所有権は原告に復帰し、同土地につき控訴人が現に所有権を有するものである。
八、しかるところ、別紙目録第二記載の土地については被控訴人名義に東京法務局練馬出張所昭和三三年一二月二二日受付第三五九五九号所有権移転請求権保全の仮登記があり、被控訴人は本件契約解除前である昭和三三年八月二一日右土地を別紙目録第一記載の土地と共に訴外会社から代金一二〇万円で買受け、同代金を右同日四〇万円、同年一二月二五日四〇万円、同月二六日四〇万円と分割して支払つたものである。
九、しかしながら、被控訴人は右各土地の所有権取得をもつて控訴人に対抗しえないから、別紙目録第二記載の土地につき真実の所有権者たる控訴人に対し本件仮登記を抹消すべき義務がある。よつて控訴人は被控訴人に対し右仮登記の抹消登記手続をなすベきことを求める。
(抗弁に対する認否)
一、抗弁第一項は争う。三七〇万円は本件売買契約の目的土地全体に対する売買代金の一部として支払われたものである。同第二項は争う。控訴人が中間省略登記義務を負うのは訴外会社が控訴人に対し本件売買契約の代金一七四五万円を支払つてはじめて生ずるものであつて、その支払が履行されない以上、登記義務はない。
被控訴人の陳述
(答弁)
請求原因第一、二、三、六、八項の事実は認める。
同第四項の事実は不知。
同第五、七項の事実は否認する。
(抗弁)
一、控訴人が請求原因第四項で主張する三七〇万円のうち三六〇万円は第一回目に宅地転用のための所有権移転許可のあつた四五〇坪の土地即ち別紙目録第一、二記載土地を含む土地の代金三六〇万円(坪当り八、〇〇〇円)に法定充当された。したがつて右四五〇坪に対する代金は本件解除がなされる以前に支払われていることとなり、解除はできない。
二、仮りに然らずとするも、右宅地転用のための所有権移転許可は被控訴人を譲受人としてなされたものであり、かかる場合には当然に控訴人は被控訴人に対し直接所有権移転登記義務を負うものである。仮りに然らずとするも控訴人主張の如く中間省略登記の合意があつた以上、これによつて控訴人は被控訴人に対し直接所有権移転登記義務がある。
しかして、かように控訴人において登記義務を被控訴人に対して負うものである以上、被控訴人は自己に登記がなくても控訴人に対しては、別紙目録第一、二記載の土地についての所有権取得を対抗しうるものというべく、しからば被控訴人は民法第五四五条第一項但書にいう第三者に該当し控訴人は本件解除をもつて被控訴人に対抗しえない。
第二、反訴について
被控訴人の陳述
(請求原因)
一、控訴人は控訴人が本訴請求原因で主張するとおり別紙目録第一、二記載の土地を含む土地を訴外会社に売却し、同目録第一、二記載の土地を被控訴人は訴外会社から買受け同会社にその代金を支払つた。
二、しかるところ、本訴請求原因で控訴人が主張するとおりの中間省略による所有権移転登記をなす特約があり、別紙目録第一、二記載の土地について譲渡人を控訴人、譲受人を被控訴人として東京都知事に農地の転用のための所有権移転につき農地法第五条による許可申請をなし、昭和三三年一二月一八日その許可があつた。
三、そして、昭和三三年一二月二二日別紙目録第一、二記載の土地についてそれぞれ被控訴人のために東京法務局練馬出張所同日受付第三五九五九号所有権移転請求権保全仮登記を了した。
四、よつて、右各土地につきそれぞれ右各仮登記に基づく所有権移転登記手続を求める。
(抗弁に対する認否)
本訴における控訴人の請求原因に対する答弁のとおり。
(再抗弁)
本訴における抗弁のとおり。
控訴人の陳述
(答弁)
請求原因事実は認める。
(抗弁)
本訴請求原因のとおり本件売買契約は解除されたから、控訴人には登記義務はない。
(再抗弁に対する認否)
本訴における被控訴人主張の抗弁に対する認否のとおり。
第三、証拠関係<省略>
理由
第一、本訴請求についての判断
一、請求原因第一乃至第三項の事実は当事者間に争いがない。したがつて、別紙目録第一、二記載の土地を控訴人主張のとおりの売買契約により訴外会社が控訴人から買受けたものであるところ、控訴人はその売買契約は解除されたと主張するのでこの点について考える。
控訴人が訴外会社に対して請求原因第六項のとおりの売買代金催告並びに解除の意思表示をなしたこと及び、訴外会社が昭和三五年七月三一日まで三七〇万円を売買代金として控訴人に支払つたことは当事者間に争いがない。
中野郵便局長作成部分については成立に争いがなくその他の部分は証人中村英一の証言によつて成立の認められる甲第三号証の一及び証人中村英一、同桜井秀夫の各証言によれば遅くとも昭和三六年一月一九日までには本件売買契約の目的たる土地全部につき宅地転用のための所有権移転許可があつたが、当時までに訴外会社は控訴人に対して本件売買代金として右争いのない三七〇万円を含めて合計五五五万円を支払つたが、残額一一九〇万円についてはその支払をしなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。
被控訴人は訴外会社が控訴人に対して右三七〇万円のうち三六〇万円は別紙目録第一、二記載の土地を含む第一回目に転用のための所有権移転についての許可のあつた四五〇坪の売買代金に法定充当されたこととなると主張するけれども、以上認定並びに争いのない事実から明らかな如く本件売買契約は同契約の目的たる土地全部につき一個の契約によつて売買がなされ、その売買代金を一七四五万円と定めたものであつて、右四五〇坪の土地のみに対する売買代金債務が独立して存するものではないからこの債務に対する法定充当ということを考える余地はない。もつとも、本件売買代金は、第一回目に許可のあつた四五〇坪は、坪当り八、〇〇〇円、第二、三回目の許可分は九、〇〇〇円、第四回目分は、九、五〇〇円の割合で計算されたものであるけれども、訴外会社が右三七〇万円を支払つた昭和三四年六月二一日当時にはすでに本件売買契約の目的土地は右四五〇坪の他に約六〇〇坪の土地についても転用のための所有権移転許可があつたものであり、証人桜井秀夫の証言によれば控訴人は訴外会社に対し移転登記に必要な書類も渡していたことが認められ、右三七〇万円の支払当時第一回目に許可になつた土地以外の土地についても控訴人の売主としてなすべき義務が未履行であつたとは云えず、買主たる控訴人としては少くともすでに許可のあつた右土地部分に相当する売買代金を支払わなければならない立場にあつたものというべく、したがつて、当事者間に特段の意思表示のない限り右金三七〇万円が第一回目に許可のあつた土地部分に対する売買の代金として支払われたものとみることはできず、右特段の意思表示の存在を認むべき証拠はない、のみならず、これがそのように区別して支払われたものとみるべき事情を認めるに足りる証拠もなく、むしろ、証人桜井秀夫の証言によれば、右三七〇万円はいずれの土地に対する代金であるというような区別をせず単に本件売買契約により定められた売買代金の一部として支払われたものであることが認められるので被控訴人のこの点についての主張は理由がない。しからば、訴外会社は控訴人に対して昭和三六年一月一九日当時本件売買代金残額一一九〇万円の債務を負担していたものというべきである。
そこで、控訴人の請求原因第五項の主張について考えるに、一個の売買契約である以上、売買代金債務も一個であつて売買契約の目的土地の面積に応じた単位数の債務が生ずるものでなく、このことは、目的土地が数筆であつても同じことである。したがつて、本件のように支払のあつた売買代金が、売買代金額の一部にすぎないときは、その支払代金が一個の売買契約による代金の一部として支払われたものであるというべきであるから、該売買契約による代金債務全体について未履行、既履行を考えればよいのである。したがつて、控訴人のこの点についての主張は理由がない。
つぎに、控訴人のなした解除は、本件売買契約が一九〇〇坪七合八勺の面積を有する特定の土地についてなされたものであるのに拘らず、そのうち一〇〇坪七勺の面積を有する別紙目録第一、二記載の土地についてのみ解除せんとするものであるので、かかる一部解除が許されるか否かについて検討する。
甲第三号証の一、成立に争いのない乙第三号証の一、二、乙第五号証の一、及び証人桜井秀夫の証言によれば、本件売買契約は買主たる、訴外会社において買受土地を分譲土地として多くの第三者に転売することを目的としていたものであり、本件代金催告当時すでに訴外会社は買受た本件売買契約の目的土地を分筆してその多くを他に譲渡していたことが認められ、したがつて、若し、控訴人において本件売買契約全部を解除するにおいては買主たる訴外会社としては一部を解除されるより以上に窮地におちいることは明らかであるから、右解除部分以外についての契約のみを維持せしめておくことは訴外会社にとつて十分価値があり、一部解除によつて本件売買契約の目的を達することができなくなるといつたようなことはない。また、解除当時、解除の目的となつた一〇〇坪七勺の土地についてはすでに別紙目録第一、二記載の如く二筆に分筆されていて解除部分も明確に特定し得たものである。以上の如き事情のもとでは売主たる控訴人において一部解除で満足する以上、これをなすことができる筋合のものというべきである。
しかるところ、控訴人は昭和三六年一月一九日訴外会社に対して前記争いのないとおりの内容の催告並びに契約解除の意思表示をなしたものであるが、右一部解除をなす前提として買主たる訴外会社に催告すべき代金額は右解除部分の土地に相当する代金額であると解すべきところ、その額は売買契約において定められた単価は坪八、〇〇〇円であるからこれを基礎に計算すると八〇〇、五六〇円となる。
しからば、控除人がなした代金額五四〇、六五一円の右催告は過少催告というべきである。しかしながら、右程度の差は本件においては債務の同一性を害せず、右控訴人のなした催告はなお有効なものというべきである。
しかして、証人中村英夫の証言によれば、右催告の際予め通知したとおり、昭和三六年一月二五日午前一〇時同人が控訴人の使者として所有権移転登記に必要な書類を持参して東京法務局練馬出張所に出向いたが、訴外会社は同所には来ず、催告代金の支払もしなかつたことが認められる(これに反する証拠はない)から、控訴人においては自己の債務を訴外会社に対して提供したものというべく、しからば、本件売買契約は別紙目録第一、二記載の土地部分にかぎり右期日をもつて解除されたこととなり、同土地の所有権はこれによつて遡及的に控訴人に復帰したこととなる。
二、被控訴人が民法第五四五条第一項但書にいう第三者にあたるか否かについて考える。
被控訴人が別紙目録第一、二記載の土地を請求原因第八項のとおり本件解除前訴外会社から買受けたものであることは当事者間に争いがない。
しかしながら、民法第五四五条第一項但書に云う第三者とはその権利につき対抗要件を具備している者と解すべきところ、被控訴人は右土地の所有権取得について登記を有しない。もつとも、被控訴人は同土地について昭和三三年一二月二二日控訴人を登記義務者として所有権移転請求権保全の仮登記をうけている(このことは後記の如く争いがない)けれども、仮登記をなすことのみによつてはその所有権取得を第三者に対抗しうるものではないから、これをもつて被控訴人が前記法条に云う第三者に該当するものということはできない。
この点につき、被控訴人は別紙目録第一、二記載の土地については被控訴人を譲受人として昭和三三年一二月一八日農地の宅地への転用のための所有権移転につき知事の許可があつたから、控訴人は被控訴人に直接所有権移転の登記義務を負い、かかる場合は控訴人において被控訴人に対し登記の欠缺を主張しえないと主張し、その主張のとおりの知事の許可があつたことが成立に争いのない甲第六号証の三及び証人桜井秀夫、同阿部キサの証言により認められるけれども、このことのみからは当然に控訴人が被控訴人に対して所有権移転登記義務があるということはできない。また、被控訴人は控訴人、被控訴人、訴外会社の三者間に中間省略登記の合意があつたから控訴人は被控訴人に対し直接所有権移転登記義務があつたと主張する、そして控訴人は訴外会社が指定する者に対して中間省略登記をなすべきことを承諾しており、証人桜井秀夫の証言によれば、訴外会社は中間省略によつて被控訴人が所有権移転登記をうけることを承諾していたことが認められるけれども、通常本件の如き売買取引において売主がなす中間省略登記の承諾の趣旨は中間者たる買主の代金支払の有無に拘らず中間省略登記をなす旨の合意を特にしている場合においては格別、かかる特段の事情の存しないかぎり、売主としては中間者から売買代金の支払をうけるのと引換に中間省略により中間者から買受けた第三者に登記をなすことを承諾したものとみるのを相当とするところ、本件において右の如き事情を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、控訴人としては本件解除当時未だ被控訴人に対して登記義務を負担するに至らなかつたものというべく、しからば、被控訴人は別紙目録第一、二記載の土地の所有権取得を控訴人に対抗しえず、民法第五四五条第一項但書に云う第三者にあたらないこととなる。
三、別紙目録第二記載の土地につき東京法務局練馬出張所昭和三三年一二月二二日受付第三五九五九号所有権移転請求権保全の仮登記があり、被控訴人はその登記名義人であることは当事者間に争いがないところ、以上のとおり控訴人は本件解除により右土地につき所有権を回復し現に所有権を有するものであるから、被控訴人は控訴人に対し、被控訴人名義の右仮登記の抹消登記手続に協力すべき義務がある。
よつて、控訴人の被控訴人に対して右義務の履行を求める本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。
第二、反訴請求についての判断
請求原因事実は当事者間に争いがない。
しかしながら、控訴人の抗弁並びに被控訴人の再抗弁に対する判断は本訴請求について述べたとおりであつて、右控訴人の抗弁は理由があり、被控訴人の再抗弁は理由がない。
したがつて、被控訴人の反訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。
第三、結論
原判決は右と結論を異にし失当であり、本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条によつて原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西山要 中川哲男 岸本昌己)